陽のあるうちはまだ微妙に汗ばむものの、
早朝や宵以降はともすれば肌寒いくらいという過ごしやすい気候となった。
さわりとゆるく吹く風に、どこで咲くのか金木犀の甘い香りが滲んでおり、
それだけで秋がこっそり近づきつつあると感じ入る。
この夏は関東以北はどちらかといや冷夏で、
蒸し暑い日もなくはなかったが、
息を吸うだけで肺が圧迫されそうなほどの灼熱には縁がなく。
そんなせいか、
秋に移り変わりつつある九月に入っても何だか実感がわかなかったのだが、
“そういや、虫の声とか聞こえていたものな。”
請け負った案件の捜査の途中、
盗み出されたフラッシュメモリを追って、草深い公園を調査員総出で探索した折、
草むらから秋虫の涼しい奏でが聞こえたのは記憶に新しい。
肩口がひんやりするのは
そんな涼しさが窓から入り込んで部屋を満たしている中、
うっかりと肌掛けからはみ出させていたらしいからで。
薄いものとはいえ、ちゃんとTシャツを着ているのになぁ。
あれ? でも いつ着たのかな。
それにこれってお風呂上がりに着たのと違うし…と、
記憶をぼんやりと爪繰りながら
冷やしてはいない側、居心地のいい温みが触れている側へそっと頬擦りすれば、
「〜〜〜〜〜。」
何かしらの気配がし、そのままその温みが小さく揺れて、
溜息だろう甘い吐息が瞼に触れる。
“…あ。////////”
ああそうだ、そうだった。
温かい手がごそりと髪を梳いてくれて思い出す。
今の今 自分の頬が触れているのは大好きな人の頼もしい胸板で、
昨夜は中也さんチに泊まった、と。
コメディタッチの映画のDVDをソファーに並んで座って観ていた筈が、
気づけば互いの顔ばかりを見つめていて。
ぎゅうとお互いで抱きしめ合っていたものが、
のしかかられて幾らもせぬうち、何も出来ないくらい翻弄されて。
どうしてかな、キスだけで頭がくらくらしたし、
指先で触れられるだけで肌の下を見えない火が走る。
指同士をしっかと搦め合って、敷布に縫い留められたまま、
舌の先で薄く舐められたのは首条なのに、
爪先までびりりとしびれて、得も言われぬ“気持ちイイ”で満たされて動けなくなる。
大人だから物慣れているのかな、いつぞやそんな風に訊いたら、
『何言ってる、
敦にさわるのはいつだってドキドキものなんだからなッ、』
どこ触ったらいい声出すのか 気持ちイイのか、まだ全然わかんねくてと、
何でかムキになられてしまい、
勢いに負けて、ご、ごめんなさいとつい謝ってしまったっけ。
「起きたか?」
「はい…。」
かすれた声が何だか色っぽくて。
ンンって小さく咳払いしたのが聞こえて、
それだけなのにドキドキするボクはおかしいのかなぁ?
まだ薄いのを掛けている肌掛けの中、
互いにくっつき合ってるところはじんわりと暖かで。
上になってる側の二の腕ごと、ぐるりと腕を回されているのがくすぐったい。
その先の手がこちらの背中を撫でつつ頭へまで上がって来て、
少しうなじにかかるほど伸びた髪をくしゃくしゃ掻き回す。
くすぐったさに自然と顔を上げる格好になって、
見上げた先には 寝起きなのに端正に冴えた顔と
ちょっぴり伏し目がちにされた中也さんの青い双眸があって。
寝乱れた赤い髪がかぶさりかかっているのを透かし、
細められたままこちらを見やっていたものが、
もっと細められてゆくのへつられて、こちらもゆっくり瞼を伏せれば。
ふわりと甘くてでも タバコの匂いも混じった、
大好きないい匂いにくるまれながら、口許へ柔らかい感触が合わさって。
ああ大好きな人との一日が始まるんだ…と
ついつい顔がほころんでしまうのが だらしないようで何とも恥ずかしい。////////
◇◇
先のひと騒動以降、何となく一気に進展し、
非番の前日からウチに遊びに来た晩や、
出先にホテルを取っていての泊りがけな逢瀬となった夜は、
照れたり含羞んだりする愛らしいところから存分に、
まだまだ幼いところもある愛し子との
密接で心身沸き返るような触れ合いを堪能できるようになっており。
敷布の上に散らされた、手触りのいい白銀の髪をするすると梳いてやり、
熱に潤んだ暁色の綺麗な双眸を間近に覗き込み。
追い上げられて熱い肌の下、反射的に震えるまだまだ薄い肉づきのおののきに、
いけない嗜虐心をくすぐられては いやいやそんなの出しちゃあいかんと、
反省も込めて愛しい存在をいたわるようにそおと愛でては、
初めて感じているのだろ、身を縮めたくなるような淫靡な感覚に戸惑う愛らしさを堪能し。
『ちゅ、ちゅうやさん…。////////』
まだまだ何もかもが初体験、
快楽にひたるどころか、強烈すぎる官能に戸惑ってのことだろう、
強い酒に酔ったように意識をもみくちゃにされ、肢体が言うことを聞かず、
溺れそうになるのが、攫われそうになるのが怖いのか。
頂点から堕ちるすんで、強すぎる刺激を逃がそうと総身を反らしつつも、
離さないでとぎゅうとこちらへしがみついてくるのが愛しくてならぬ。
追い上げた張本人だというのに、苦しいところへいざなった悪い大人だというのに、
唯一のよすがとし、助けてと縋りつくのが愛おしくてたまらぬ。
そんな甘い甘い一夜を過ごした朝は、
照れ隠しもあってか、それともそれなりの進歩か成長か、
敦の側から甘えかかって来ることも増えて。
今朝も、やわらかな口づけの後、
少年の側から腕を伸べてくるとこちらのシャツにしがみつき、
懐ろに顔をうずめたままじっとしている。
含羞む顔が見たくはあったが、無理強いをする云われもないかと好きにさせておれば、
「ボク、どんどん欲深になってきます。」
切羽詰ったような、若しくは拗ねているような声がして。
くぐもっているから聞き間違いかなと、
間近に伏せられた顔を“どうした?”と覗き込めば。
いつの間にか日頃は白いはずの耳まで赤くした少年が、
困り顔をちらと覗かせ、
「だって、中也さんたらどこもかしこも素敵すぎて。」
「お?」
もしかせずとも 中也厨をこじらせかけてる敦くんなので、
時々それが煮詰まってはどうしましょうと本人へ問うてくる。
「それは綺麗なお顔とか、いつまでも見つめていたい宝石みたいな瞳とか、
無造作に髪を梳き上げる仕草とか、書類を見下ろす伏し目がちの目許とか、
そういうのへ見惚れたかったら、ちょっとほど離れないといけないじゃないですか。」
でもだけど、と、悔しそうに目許をくしゃりと歪めて、
「でもでも、こんなにいい匂いがする中也さんから離れるのは嫌です。
寝起きでとろんと温かい中也さんに甘えてくっついていられる、
ぎゅうってしてもらえる今しか、でもでも気怠そうな目許とか見れないのに、」
「見れないじゃなくて見られない、な?」
要は、くっつかねば得られない恩恵と、
離れなきゃ堪能できない朝限定の特別仕様な見栄えと、
どっちも捨てがたくて煩悶している少年ならしく。
いや、言えばいつだって、
そう昼間ひなかでもぎゅうとくっついて構わねぇんだがと思いつつ、
「じゃあ、日替わりで選べばいいんじゃね?」
何で自分の萌えどころへの相談へ自分が答えているものか、
あとになってちょっと考えちゃった中也さんだが、(笑)
愛しい少年の真摯に潤ませた瞳が見上げてくるのには逆らえないか、
そんな妥協案を出してやれば、
されど敦くんはふるふるとかぶりを振って、
「そんなのヤです。」
今朝の中也さんはちょっとだけワインの匂いもして大人ですが、そうでない時もあるし。
でもって、
眠そうな目で髪を梳き上げながら
ライオンみたいな大あくびするとことか見逃した先日はとても悔しかったしと、
真剣に口惜しいというお顔になるほど、厨ならではのこだわりが飛び出す始末。
「虎の腕を見せろってねだったそのまま寝落ちしちゃって、
毛並みへ頬擦りするお顔が、あのその可愛くてなかなか寝られなかったときとか。」
「え?え?」
それっていつの話だ?と、本人がギョッと驚くようなことまで飛び出して、
異能もち同士の恋は結構スリリングだったりもするようです。
“とりあえず、ウチの嫁(予定)は今日も最強に可愛いvv”
〜 Fine 〜 17.09.26
*こういう惚気話を山ほど聞かされて
うんざりするどころか “何て可愛いんだ人虎♪”と、
嬉しがる部下がいる中也さんは、
果たして、恵まれている…のかなぁ?
その虎くんから
“中也さんたらこんなにスパダリなんですよぉ”と聞かされてる太宰さんは、
間違いなくうんざりしているんでしょうねぇ。
最初は恥ずかしくてと話してくれなかったものを、
執拗にねぇねぇとねだって、その結果、墓穴を掘ればいいです。
しかもこんな目に遭ったと芥川くんに愚痴りかかれば、
僕も中也さんから聞いておりますと、嬉しそうに報告されての四面楚歌状態。(笑)

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